私の愛すべき家族・肉親・友人は、ありがたい事にまだ健在です。でも、ここに来て、一日・一日と一言・一言を大切にしていかなきゃと思いました。当たり前のように暮らしている今が、どれほどまでに幸せなのか、思い知らされたような気持ちです。目が覚めたようです。ありがとうございました。
2008年02月21日 00:23
私の愛すべき家族・肉親・友人は、ありがたい事にまだ健在です。でも、ここに来て、一日・一日と一言・一言を大切にしていかなきゃと思いました。当たり前のように暮らしている今が、どれほどまでに幸せなのか、思い知らされたような気持ちです。目が覚めたようです。ありがとうございました。
偶然に立ち寄らせていただきました。すでに他界している母を思い出して涙が溢れましたが、不思議なものですね。最後まで読む頃には、流してる涙の意味が変わってきたように感じます。
いくつになっても母は母ですね。お互いに年を重ね、なんとなくにも覚悟していたものの、いざお別れとなったら、やはり子どもの頃に戻ったかのように母の存在を求めて、随分と辛い日々を過ごしました。きっと母は天国で苦笑していたことでしょう。
大切な人を亡くし、こちらへ訪問されている方が沢山いらっしゃるでしょうが、その方たちの心の癒しになるホームページだと思います。これからも、沢山の方々の目に留まりますことを、陰ながら応援いたしております。
はじめてお邪魔しました。なんだか心がふっと軽くなったようです。
こんなステキなホームページに出会えて感謝です!
もしかしたら、亡くなったおばあちゃんが、私を心配して
ここに導いてくれたのかも知れません。
おばあちゃん、今までありがとう。
小さい頃からいっぱい可愛がってくれたのにわがままばっかりでごめんね。
おばあちゃんの孫でいられて幸せだった!おばあちゃん大好き!
私の父は、自ら命を絶ちました。命あるものはいつしか必ず死を迎えるのに、何でそんなに早く自分でいってしまったんだろう、私達家族が守れなかったというこの思いを家族はみんな感じています。何かできたんじゃないか、何故気がついてあげられなかった、なんで、なんで、なんで、なんで、みんな今でも脱出できずにもがいています。でも、残されたもののあるべき姿は、こうじゃないっていうことは感じていました。ここにきて、また完全じゃないけど、少し変わってきたような気がします。家族も救ってあげなきゃという気持ちで読ませてもらいました。もう少し、私が落ち着けたら、家族にも教えてあげようと思います。
最愛の我が子を出産前に亡くしました。
前日まで、全く問題なく元気で動いていたのに。
待望の男の子でした。名前も“輝(ひかる)”とつけました。
でも、気がついたらおなかの中で亡くなっていました。
輝に申し訳ないのと、主人や義親、親戚や周りの人にも
責められているような、やり場のない悲しみと行き場のない想いに
押しつぶされそうな日々を送っていました。
何度も後を追って逝こうと思いながらも、結局逝けませんでした。
5年間、全く変わらない真っ暗な中を手探りで進むような生活でした。
“生命の花と言うのは大きくとも、小さくとも、“咲いた”そのこと自体が何よりも尊い。”
という言葉に、咲く=産まれるというイメージを勝手に結びつけ、またやりきれない思いを感じましたが、
読み進めるうちに、心が洗われるようで、咲く=生まれるではなく、咲く=生命として存在した。というように感じられるようになりました。
こちらには何度もお邪魔し、何度も拝見させて頂いています。
ようやく、こうやって落ち着いて感想を書けるまでになりました。
こんな風な気持ちを持てるようになったことが、私にとって本当に奇跡です。
ありがとうございます。
輝もきっと、元気な姿で生まれ変わってきてくれると思います。
初めまして、何かを求めてネットサーフィンをしていて、辿りつきました。何かの縁かも知れません。私の求めていたものを見つけたような、そんな心の拠り所のようなものを感じました。
身近な者を亡くした気持ちというのは、最終的には自分で癒すしかないと思ってます。それでも、そんな自分の気持ちを切替るきっかけになったと思います。本当にありがとうございました。また、行詰ったら寄らせてしまいます。
先日、妻を亡くし、正直な所、今でも悲しみは癒えません。
偶然立ち寄り、数々の暖かい言葉を読んで、もう少し時間が経ったら、また違う受け止め方が出来るかもしれない・・・。
まだ今は苦しいです。でも今度は今とは違う感想を残していけるような日が来ればと思います。
またゆっくり立ち寄らせて頂きます。このホームページが多くの皆様の支えになれば・・・そう祈っています。
初めてこちらへ来ました。親友を亡くして、3年経ちます。親友の死を知らされたときは、現実だと思えなくて、お葬式が終わってもまだ、普通に電話できたりするんじゃないかって思ってました。あれから3年経ち、今は思い出の中で、親友は生きています。でも急に淋しくなったり、会いたくなったり、彼女がいなくなった事で、自分の人生がつまらなくなったような気分になったりすることがあります。でも、ここの"あの人を思って涙するのは、私だけじゃない"という詩を読んで、ハッとさせられました。私よりももっと辛いはずの彼女の家族が笑顔で頑張ってるのに、私がこんな気持ちになったらいけないって。詩にあったように"また必ず会える"って事を楽しみに、彼女が絶対幸せに生まれ変わってくることを信じて、今日からまた生きていこうと思えました。ありがとうございました。同じように、親しい人・肉親を亡くした人に是非訪れて欲しいサイトだと思いました。
涙が止まりませんでした。
泣いてばかりいる事が罪のように思っていましたが、
泣いてもいいんだ。泣くことも必要なんだって、心が軽くなりました。
愛する人を亡くした人に、泣くなというのは酷です。
泣かずにいられる人などいないと思います。
泣いてもいい。そんな一言が嬉しかったです。
はじめまして。全部読ませて頂きました。主人を突然失って、1年が過ぎましたが、未だに心は癒されることはなく、ただ時間だけが流れているような毎日でした。ここへ来て、主人が今の私を見て、どんな思いをするだろう・・と考えた時、主人の為にも、一歩前に進まなくてはいけないと思えました。こちらのサイトには、背中を押して頂いたように思えます。ありがとうございました。これからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。